0時を過ぎた。風が冷たい。
夜更けの街角でリュックを背負い、ボストンバッグを片手に、季節はずれのダウンを着た猫背な生き物。
それはモケ山レサ吉。
車が一台やってきた。ヘッドライトが毛者の影を長くする。
かいぬしさまだ!
停まるのを待ちきれず車に近寄ると「なに、その荷物の量? 浮浪者みたい。」
キュ・・・・・。
あのね、あのね、リュックにはカメラとレンズとハードディスクしか入ってないし
そもそもリュック持ってこいって言ったの、かいぬしなのね。
「いいから早く荷物つみなよ」
必死の訴えを軽くかわし、すたすた自動販売機へ向かうかいぬしさま。
うなだれながら後部座席に荷物を載せていたレサ吉は
助手席のドアをあけると、もうニコニコ。
3歩歩くと都合の悪いことは忘れてしまうのだ。
きょうの目的地は山梨。南アルプスと桜を見にいく。
中央自動車道にのり、暗い高速をひた走る。
「山と坂が多い高速ですきゅね」
「トラックばっかりだな」
ぶつぶついう毛者たちの頭上を雲が流れていく。
坂を越えると、右手にキラキラした街並が見えてきた。
色とりどりのビーズがスープ皿に敷き詰められているみたい。
ほんとうに底だけ平らで、周囲がそりあがっている。盆地なのだ。
まっすぐ光る街にむかって走り、カーブで遠ざかった。
甲府をすぎ、目的地まであとひといき。
暗い国道をナビ様の言う通り走る走る。時折、白い樹が見える。満開の桜だ。
明日の景色に期待が高まる。町のはずれでひとやすみ。
朝5時。携帯電話に起こされる。周囲はぼんやりと明るい。
「写真撮ってきていいよ」
「かいぬしは?」
「寒いからいい」
ダウンを着て、車を飛び出す。寒い。まだ冬の空気だ。
アルプスは斜光線をうけ紅みを帯びている。
白い月が山の端へゆっくりと落ちていく。
蒼の暗さが朝日に押し込まれ、山が本来の色をとりもどした。
たった10分の色のうつりかわり。
ふりかえると、かいぬしも外で同じ景色を見ていた。
「すごい色だったね」
「誰のおかげ?」
「モケがネットで調べたおかげ♪」
ゲシッ。・・・いたいきゅ。
明るくなってきた畑道を実相寺まで歩いた。
朝陽が背中を追いかけてくる。
遠目に白かった花が、徐々にさくら色を取り戻していた。
塀から境内を見渡す。
まだこちらまで朝陽が届ききっていないようだ。
手前の黄水仙と奥の白い山並が桜をよりひきたてる。
境内はとてもきれい。
丹精に植えられた水仙の横には、つぼみのチューリップが並んでいた。
ここで片付けられてしまうのは散った花びらだけだ。
何の音もしない。2匹ともだまって桜を1本1本愛でた。
突き当たりに有名なエドヒガン。
日本武尊が植えたといわれている日本最古の桜。細い腕先に花が咲いている。
ウロが多く、たくさんの添木に支えられて、生きているのが不思議なくらいだ。
ジブリ映画に出てくる物の怪みたい、といったらイメージが湧くだろうか。
たくさんの桜に酔ったように撮影した。
ほんの1週間だけの風景。こんなに天気に恵まれるなんてまれであろう。
きょう、ここに来ることができてほんとうによかった。
かいぬしが桜の下をゆっくり歩いてくる。
ゾウとネズミのように、われわれがまったく違った時間軸を持つ生き物だったらよかったのに。
そうだったら、自分のだめな生き物ぶりも目立たずつきあっていけるのに。
桜の下で思う反省や後悔はすぐに日常に飲み込まれ、変化にはつながらない。
「かいぬしさま〜。おなかすいたね」
「いつも食うことばっかり言ってんじゃない!」
われわれは次の桜を求めて、実相寺を後にした。
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